女の敵、痴漢
女性の一人旅に痴漢はつきものである。これは仕方がない。
現地人の目からみて宗教的・文化的にも女性は露出の少ない保守的な恰好であるのに対して、よそからやってくる者は西洋のファッションで肩も足も露出だらけの女がのこのこと一人で歩いたりする。
これが禁欲的な文化の男子にとって刺激にならないわけがないのである。
特に日本人女性は嫌という自己主張の弱い部分がかえって利用しやすいので恰好の餌食となったりもする。
南インドで過ごしていた時。一人の時は普段はあまり暗くならないうちに宿へ戻るけれど、私は歩くのが大好きで大変な方向音痴なので夜7時くらいに都市のチェンナイを歩いていた。
大通りだからと全く気にもしていなかったら、すれ違いざまにお尻をべったり触られ、振り返ると男がにやついている。
やられた、という怒りを一人抑えて歩いているとまたすれ違いざまにベロリとお尻を触られる。
武器もなかったのでこれでもかという形相で睨みつけるとまた奴らはうれしそうな顔をしている。
私の中に眠っているカンシャク玉が爆発しそうで、ぶつけどころがないので声を荒げてぷりぷり歩いていると、またやられたのである。
私はそこらへんに石がないか探しにかかった。
そして見つかった時すでに犯人は私のきた道遠く人影となっていた。
私は石を握りしめて次こそと戦闘態勢で大通りを歩いたけど次はなかった。
スリランカではシーギリヤロックという岩の世界遺産を見に行ったとき、そこのガイドの若い男がひまだからタダでガイドしてあげる、とついてくるのでまぁいいやと説明を受け、そこが見終わるともう少し先にブッダの眠る見物があるからいかないか、とついて行くとそこも岩場だった。
途中でこれは何かあった時に一人で帰れなくなるぞ、という危機感に襲われつつも引き返すわけには行かない状況で、とりあえず岩場の上まで行くと予想通りの展開になってしまった。
スリランカ人が本来、道徳心に強く話せばわかる人だと知っていたから悪いけどノーと言って下まで降りることが出来てから説教をした。
彼にとってはガイドという仕事のボーナスのような感覚だったんだろう。
ちゃんと見極めないで行動してしまった私は若くておバカだった。
ある時まで私は場所によってここなら大丈夫かな、とおそらく欧米のツーリストの多いところでは肩をだして着たい服を着ていた。
南インドのコミュニティで日本にも長年住んでいた生け花の師範でもあるイタリア人の奥さんに「私があなたのお母さんならその格好はさせない」と日本語で叱られて反省して以来TPOをわきまえる服装を心がけるようになった。
大人に叱られるなんてことはもうずい分経験してないだけにショックを受けたけど、彼女の温かさは大いに為になった。
実際露出度と痴漢遭遇度は比例していて、日本での感覚のずれもまざまざと感じることになった。
自分の身は自分で守る、被害を受けたくないならまず鏡を見てみるべし。
