恋する旅娘

旅先で様々なカップルを見てきた、と他人事のように漏らしてきたけれど私自身、そうゆう経験がなくもない。
結局のところ「出会ってしまった」らどうしようもない。
そんな旅は出発当初の意図には反した展開になってしまう。

私の出会った彼は裕福ではない家の長男坊で病気の母親の面倒を見ていた、というと同情的になってしまうかもしれないけれど彼は周りには理解されにくい変わり者で斬新なポエムをだしたりもしていた。

一度彼と家族が住む家に行ったけど、その後彼の姉は数日間怒って彼と口を利かなくなってしまったらしい。
大事な一人長男なだけに心配したのだろう。あぁ悪いことをしたな、というのが本音。
そこでも日本人なだけで寄りついてくる人がいたけれど、もちろん彼に打算はなかった。
彼は愛する家族と離れて生活を変えるつもりもなく、君もここに居続けたらいいのに・・ということだった。

私だってここでなら東京に住んでいる時より遙かに笑って元気に過ごせるし、いいじゃないか、とも考えたけど実際一時的にではなく一生涯、まともな本屋も媒体もないところでやっていける自信はなかった。
彼の方がよほど辛かっただろう、旅行者はいずれ去るけれど土地の者は失った思い出を重ねながら毎日を過ごさなくてはならない。
だからこそ、本気になっても仕方がないやと気持ちのない軽はずみな行動にでる者がいるのも不思議ではない。

少しばかりの経験と観察を経て、最初の動機はなんでもいいのかもしれないと今は思ったりもする。
日本が好きで日本人女性と恋に落ちる人だってたくさんいるだろう、新しい人生のための手段であってもそこに少なからずの愛があれば結婚は続くだろう、女は気付かなければ、いや気づいていても好きな人といられたら幸せな生き物。

最初の気持ちは何であれ、実際に恋の先に行くには軽はずみな気持ちだけでは成立しない。
後々不幸になったり後悔することが起きたとして、では誰がその選択をしたのですかという話。
自由というのはいつも自己責任がつきまとう。

縁があればなるようになってしまうけれど、私自身国際結婚に憧れてはいない。
これまで海外の男性や友達とのコミュニケーションを通じていかに日本人同士が言葉ではない意思の疎通をしているかを感じ、それはあたり前のようで海外の人とは当たり前でないことを知って、日本人同士でいることの心地よさを改めて気づかせてもらった。
だけど、誰とどう縁が繋がるかはわからない、人生は未知にあふれているなり。