バックパッカーのご飯
旅する楽しみの一つがごはん。
ご飯を食べるというのは生きる基本でもあって、その人自身を作り上げるのにも欠かせない要素。
知らない土地に行ってその土地のみんなが食べるご飯を食べたのなら、よそから来た者はその土地を身体に入れてそこに居る実感を得て、そこに住む人々との心の距離を埋めていく。
逆にいえば土地のご飯を食べないというのはどこかでそこの土地と人々を敬遠しているようなもの。
そういう意味では新しい旅先でのご飯は少し試されている。
といっても私はあまり動物性のごはんを好んで食べはしないから庶民が食べるようなもの全てを食べるわけでもないのだけれど。
庶民が食べる、と言ったら屋台や安食堂。
ツーリストご用達のレストランも食べやすいけれどぜひ地元民と並んで食べたいもの。
東南アジアなんかは日本と同じようにお米を食べるからそれに見合ったおかずを選んで食べたり、お馴染みのライスヌードルや汁なしの麺等、困ることはない。
アジアでは屋台という食文化があるからみんな外でテーブルについてご飯を食べる。
きっとその裏には南国の男は働かなくて女が働き手だから料理するひまなんてないわよ、という事情もあるかもわからない。
だけど、私達のような者にとってはあのねっとりとした空気の中、ビーサンはいて、外でごはんを食べるというのはそれだけで開放的で気持ちのいいもの。
インドやその周辺の国はスパイス文化で、日本でゆう定食、カリーのセットがそれぞれの呼び名、北インドならターリー、南インドならミールス、ネパールならダルバートというふうに親しまれている。
汁気の少ないスリランカのライス&カリーもお気に入りの食堂で毎日食べていたけど、ご飯でだけは嫌な思いをしなかった、オススメというなら南インド。
大きなバナナの葉が食器代わりのミールスも去ることながら私はドーサーと呼ばれ、午前中の朝食やスナックに食べられる代物。
豆と米の粉の生地を大きな鉄板の上でパリパリのクレープのように薄く焼き丸めてココナッツのソースとカレーのソースにつけて食べる、これが一番シンプルなプレーン・ドーサー。
ソースのおかわりは自由。
他にカレーポテトを中に包んだマサラ・ドーサーなど色んな種類があるけど私はプレーンで充分。
南インドでは調子が悪かったり孤独で友達がいなかったり、ろくでもない時間を過ごすことが多いなか、食道は奇麗で店のおやじが笑いかけてくれたり、おかわりはどうだと回ってきてくれたり、そんな些細な記憶が美味しかったにつながっている。
アジアのご飯は日本の洗礼された美味しいものとは違う。
だけど本来ご飯とは食材の質も大事だけれど、いかに美味しく、美味しい雰囲気で食べるかで満たされるところは大きい。
