働く子
私のような旅行者がそんな楽しい時間を過ごしていようがいまいが、すぐ近くでは年がら年中おそらく働きづめの子供達がよく目についた。 アジアでなんか雰囲気が違うな、と感じるものの一つが子供の存在かもしれない。
場所によっては物質的に貧しくても家族仲良く無邪気な笑顔を振りまいてくれる子達もいれば、小学生くらいの背丈の男の子たちが数人でたばこを吸いながら歩いているのを見たりもする。 一体どうなってるの、と怒りに近い疑問を覚えることもあるけれど、みんなそうなるにはそうなるだけの事情ってものがある。
よくレストランやゲストハウスやチャイ屋なんかで働く子供を見かけた。インドやネパールだと根強いカーストがあるから、仕事があるだけまだいいなんて言われ方もするくらいもっと酷な生活をしている人達もいるわけだけど、まだ小さいのに日本のサラリーマンのように疲れた顔の子供に、リュックをしょってはるばるやってきてはふらふらしている大人たちは一体どのように映るのか。そんなことをいちいち考えていては身が持たないけど、旅行中というのは基本的にひまなので思い当たることは考えてしまう。
ネパールで、庭には花が咲き乱れオーナーもよい人で快適に過ごしていたゲストハウスに、掃除係の男の子が常時働いていた。年は十歳くらいだろうか。その時は日本から来た子連れの人もいたので子供が二人遊びまわって大人たちも優雅に過ごしている中、無口で健気そうな少年が黙々と働いているのを横目に、頭が上がらない想いだった。かと言って仕事は仕事だから何かあったら頼まなくてはいけない。こうゆう時にせめて現地の言葉が使えたら違うのに、と思いつつ怠け者の自分はありがとうということしかできない。子供の顔に笑みがないことが気がかりだった。
インドの子供商人は驚くほどたくましい。ある時市場の中でお腹の調子が悪くてトイレを探していると女の子が声をかけてきたのでトイレはどこかと尋ねると、連れて行くからその後私のお店に来てちょうだいという。それどころではないのでトイレに連れて行ってもらうとちゃんと私が出てくるのを見張って待っている。炎天下の中歩くのもしんどく、これで勘弁してくれない?と小額のコインで交渉すると、だめよ私のお店に来てっていったじゃない、と結局連れて行かされたことがある。気持ち良いほどたくましい子だった。
働いていること自体を不幸だとは思わないけれど、せめて働く子達にはふざけあえる友達や家族がいてほしいとは思わずにはいられないし、日本や先進国で机の上で勉強ばかりしているつまらなそうな子供には一度こんなところを生で見せてあげたいと思う。かなりいい刺激になるだろうに。
