旅の出会いが次なる旅に

旅をしていると否応なしに出会うのが同じ旅人である。
実際現地で暮らす人よりも旅人に接している時の方が多いかもしれない。旅においては同じく旅をしている人が仲間ということになってしまう。

私も英語が話せないなりに一人の時は日本人以外の人とも接触を持とうとはしてきた。
世の中には色んな人がいるから、英語が貧しいと知っても分かりやすく話してくれたり時には教えてくれる優しい人もたくさんいる。
白人なら大抵英語はいけるのだろう、というイメージとは裏腹に私より話せない人もほんの少数出会ったことがある。
そんな時は私も劣等感を持たなくていいので思いっきり下手な英語を使うことができるので気持ち良い。

一度、ロシア人だという親しみやすい男性と挨拶をする中になったのだけど彼はグッドモーニングもわかっているのか定かではないほどの言語力だったけれど、めげずにコミュニケーションを図ってくれる。
三日間くらい会って、正直最後まで何を言っているのかわからなかったけど、気持ちの上では十分にコミュニケートできているみたいだった。
こうゆう人に一人出会えるかどうか、がその日気持ちよく過ごせたかどうかに繋がっているような気がする。

一度半年と決めて旅をした時、思いのほかヨーロッパ人と一緒に行動することが多かった。
私は英語恐怖症なところがあったので複数人になるとお手上げだけど、一対一の付き合いはどうにかいけた。
一人出会って、その人の特徴をその国の人らしいこととするのはどうかと思うけれど、私にとってはそれまでヨーロッパ人、というくくりがあったのが、ドイツ、ベルギー、フランス、イタリア、スペイン、と出会って行くとみんな全く人柄が違うのである!共通しているのは論ずるというコミュニケーションの方法かもしれない。

未だにヨーロッパに行ったことがない私は彼らに出会う度にその背景を想像してはまた好奇心を掻き立てられることになる。
アジア人旅行者では台湾人のとてもやわらかな物腰が好きなので一度訪れないと、と思いながら月日が流れてしまっている。

旅人に会い、その人からまた一味違った空気を感じることがまた次の旅への誘いとなっている。
旅人の故郷でなくとも、情報交換としてここがよかったと複数人の旅人から聞けばそこには何があるのだろうかと、行ってみなくてはいけないかとつつかれてしまう。
何度旅にでたところで、肌で感じて体験しないとわからないものがある、ということが確かになる一方なのだ。

写真や人の話だけでは意味がない。私達は私達のそれぞれの出会いを体験を楽しんで、それぞれの物語を持たなくてはいけない。そうでなければ面白くない。