旅から帰って

昔小学校の頃、遠足が終わって帰宅する前に先生が「家に帰るまでが遠足ですよ」と必ず言っていた。
だから気を抜かずに帰りましょう、という意味なんだけどなんとなくそのフレーズが好きだった。
家に着くまでは魔法が効いているみたいで。それは大人になって旅をするようになってからも変わらず、空港に降り立ってからどこにも寄らず直帰できた試しが未だにない。言ってしまえば大きな駄々っ子。

それはいいとして、旅から帰って初めはまだ記憶が鮮明で気持ちもまだ向こうにあったりするわけだけど、少し経てばまたこちらの環境になじんで忘れてしまう。
しばらく時間が経つとまた遠いところに感じてしまう。だけど身体で体験したことは絶対に忘れないから、ある時何かの拍子に思い出したり考えたりする。
特に匂いや音や五感に働きかけるものはすぐさま記憶を呼び起こしてくれる。

旅へ行くようになって、その旅した土地はやっぱり好きになるから何かあった時に気にかけるというか、気になるようになる。
初めての旅で赴いたインドのムンバイで一人旅の二日目にわけのわからないまま不安とともに乗った列車、帰国してから爆破テロで確か数十人ほどが死亡した。実際その電車に乗った身としては人事ではない。

去年の6月にはインドのカシミールのラダックを旅して、その2ヶ月後にパキスタンで起きた大洪水と関係しているのか水害が起きて死者も出たしかなりの損害があった。
新聞でその私が滞在していた大好きなレーという地名がそんなことになった記事を読んだ時は言葉を失った。
そこは富士山くらいの標高で自給自足で暮らしが成り立っていて、物資を運ぶ陸路は夏の三か月間しか開かない。
私が親しくしていた友達は無事だったけど、いつも穏やかに念仏を唱えている老婆が泣く姿がどうゆうことかを表していた。

人間は結局身を持って体感したことしか感じ取れない。逆に身を持ってしっていることや、そこに暮らす人の顔を知っている時、私達は距離に関係なく身近に感じることができる。
そうやって、広い世界地図のそこかしこに彼らの顔が浮かぶというのは、今日もあそこは相変わらずやっているだろうかと思いをはせる場所があることは行った者だけがもてる幸福な旅の土産物だろう。皮肉なことに嫌な思いをしたところは尚更思い入れが深い。

なるべくなら私が居たその過去の記憶の場所は、今現在も自分の居場所と同じように在ることを感じていたい。