ヒマラヤへの想い

いつからか、山が好きなのではないかということに気が付いてきた。
いつだったかヘンリーDソローの存在を知ってからか、森や樹の存在が私の味方になりつつあった。
それから、登山ではなく存在として、シルエットを眺めて想いをはせるものとして山や山並に惹かれた。

インドからバスでネパールに入った時、それまで南の方から変わらず不毛の風景の中延々と北上し、気がおかしくなりかけていた状態でネパールに入って緑色の存在がぐんと増えたときに、胸の中に光の粒子が広がりその力がそのまま私の頬を久しぶりに持ち上げたのを今でもはっきり覚えている。必要なんだ、とつぶやいたかもしれない。

ネパールは言わずと知れたヒマラヤ山脈の中にある小さな王国。
その頃は恐れと旅の疲れと体調を回復するのにいっぱいで、残念ながらツーリストエリアを離れてトレッキングや小さな村を渡ったりできなかったけれど、どこか遠くに目をやれば見える雪を被ってとがったあの山の稜線はそれだけで充分に想像を掻き立ててくれる。

あんな恐ろしいところに人が頂上目指していくとはどういうことか。
冒険家やトレッカーの気持ちを無視して言えば、あの精悍な佇まいはやはり勝手に侵してはいけない領域で、いつまでも人間の敵わない存在でいてほしい、なんて思ってしまう。

ポカラでのんびり滞在している時は雨期で、毎日の 天気が印象的だった。
朝起きて、天気がよいと青空の中、北方向にアンナプルナ連峰が白く連なっている、時間がたつにつれモクモクと白い雲がそれを覆いだんだんと私たちの上空に広がってきて午後3時とか4時にはスコールのようにダーッと雨が降る。
その間は室内で待機してまた雨があがると水たまりやトウモロコシ畑が輝いて子供がはしゃいで夕暮れになる。 毎日がこのサイクルだからいつもそれに合わせて散歩にでかけていた。

本当にヒマラヤ山中、という経験はラダックだった。そこはバスで行くなら夏の3ヶ月間のみ通過できる標高5千メートルの峠を越えて不毛な人気のない岩山の中の盆地、谷間に人の暮らしがあった。

耕した畑で採れる野菜に家畜、冬は道も閉ざされ-20℃にもなる、暖も家畜の糞。自然の方へついていくしかないから無駄なく循環していく。心の滋養は篤い信仰。ずるいじゃないかと言いたいけれど彼らはごく普通に暮らしている。
そんな場所に友達がいる、どんな人がどんな暮らしをしているのか知っているというのは自分の墓場まで持っていける自慢。
私達に忘れ去られながら厳しい土地に寄り添って暮らす人々。ヒマラヤの地図を広げる時、そこには人の数だけ小さな点が記されていた。