スリランカの旅
光り輝く島、という意味の名を持つセイロンことスリランカ。
その名の通り美しく瑞々しいこの島のことを多くの人は知らない。もったいないけれどあえて声を大にして観光客を送り込んでしまいたくないところの一つ。
人間関係にも相性というのがあるけれど、土地や国にも相性というのがある。
相性だったのかタイミングだったのか、直観的に向かったこの島国に私はされていた。その中でも古都キャンディは特別だった。
名産の紅茶畑の山に囲まれ赤道にも近い熱帯気候なのに年中通して過ごしやすいこの盆地、大きな木を見上げれば黄色いマンゴーがぶら下がり、仏の歯が安置されているという仏歯寺があり、蓮の葉っぱが絨毯のように浮かぶ湖があり、ヒンドゥー寺院やイスラムのモスクが混在し、あらゆる民族が共に生活し、みんな自然の恵みをたくさん浴びて美しかった。
こんな風に言うと南国特有の楽園のイメージを持たれてしまうかもしれない。
実際この国は私が滞在していた当時も内戦はあったけれど、この町は平和そのもの。東京にいるよりよっぽど穏やかに居られた。
この町に滞在して何をしていたのかと言われれば、大方何もしていない。
何もしていないのに気分がよかった、楽しかった。
初めて降り立った時、ここはインドかと思ったけれど、全然違う。
日本と中国が違うように気質が違う。日本人にとって島国は居心地のよいものだった。
経済的に潤っているとはいえないのであろうこの国で、本来貧乏者の私が毎日働きもせず、散歩をすれば日本人の女が一人で歩いているということで誰かに捕まる。
ここは大半が仏教徒で親日家が多いのもあるけど、とにかく皆人懐こい。
お母さんらしき女性に電話のかけ方を聞けばそのままスナックをおごってもらいお茶の時間になり、高台にある大きなブッダが座るお寺に行けばお坊さんと話しこみ次からエントランス通してあげるからと言われ、植物園に行って急に雨が降り出し雨宿りさせてもらった休業状態のレストランでは、スタッフの男の子がボスに内緒で高価なジュースをだしてくれる。
そして宿として滞在させてもらっていたミャンマー僧が経営するアシュラムでは、とてもシャイでとても親切なお坊さんがいつも私の味方でいてくれた。
私の前に現れる人はみんな仏だった。この土地では何か魔法がかかったようだった。
日本にいる間はいつも目の前が真っ黒だった私に仏や神がこんな色彩にあふれた場所があるから、人生暗いことばかりじゃない、と導いてくれたみたいだった。
きっと酔っていたのだろうけど、神秘的なまでに美しい「光り輝く島」という名のこの島国に、キャンディという愛らしく甘い名のこの小さな町に、私は恋をしていた。
そしてその恋愛は両想いだった。これだけいい時間を過ごせば人生肯定されたも同然だった。
この町の存在が当時の私に生きる力を与えてくれたことは言うまでもない。旅をする者なら誰しもそんな思い入れのある土地があるのだろう。
