チャイというお茶
私の旅の中で一日の楽しみの一つがお茶、チャイの時間。
インドやスリランカは過去にイギリスの統治下であったからか紅茶にミルクとスパイスとたっぷりの砂糖を入れた美味しいミルクティーを飲む文化がある。
チベット圏ではバター茶と言ってバターと塩が入ったお茶をみんな常日頃たくさん飲んでいる、これはチベットがとても乾燥しているから理に適った代物。
私は時々お寺でもらったりするけれど、うんおいしい!と笑顔で飲むことはまだできていないのが残念。
幸福なチャイの時間、例えばある時インドのバラナシというガンジス川沿いの観光地でもあってインドの聖地の一つでもある場所に泊まって迎えた初めての朝。
川沿いの宿に泊まっていて、朝目を覚まして外へでてみるとみんながタオルを持って河の方へ、つまり朝の沐浴をしに人が流れている。
私たちが通勤電車に乗って仕事場へ行くように!なんてことだ、と思いながら河と並行に細い路地を歩いていくのだけれどそこは人間だけでなく牛や犬も堂々とぶらぶらしている。
もちろん牛がいればそこらじゅうに牛さんの糞もあるわけで。
そんな猥雑とした路地の途中にあるチャイ屋で一服。
腰のあたりまであるコンクリートの段差に座って小さな透明のグラスに入った熱々のチャイを飲み口と底のふちで持って冷ましながら少しづつ飲んでいく。
朝日を浴びながら聖なる河で沐浴・・
一体この光景はいつから変わっていないのだろう。
死ぬためにインド中からここへ来る人々がいるなか毎日ここで沐浴できるとは幸運なことなのか。
いずれにせよ、この国の文化の強さと言ったら・・・。
そんなことに思いめぐらせていると気づけばタオルを肩にかけ一仕事終えた老婆が数人、私の隣に座って無言で同じようにチャイをすすっている。
私が隣にいようがいまいが関係ないといった、まるで微笑みそうのない顔立ち。
まるで映画の中に一人迷い込んでしまった観客のような気持ちで私は一人興奮しながら何食わぬ顔で時々隣の老婆の顔を覗き込みながらチャイを飲む。
たった5ルピー(十数円)でこんな素晴らしいお茶を堪能していいのだろうか。
道端に茶屋がある、こんな素敵なことはない。
カフェなんて洗練された空間も好きだけど、もっとむき出しの茶屋があってもいいのではないかとも思う。
東京でもこれくらいみんながラフに暮らしていたら楽しいのに。
都内の人が大勢たむろする喫煙コーナーに自転車でミルクコーヒー屋台でもだして、見知らぬサラリーマン通し仕事やってらんないよ、なんてぼやきあったらいいのに、なんて。
