バックパッカーの醍醐味
移動。それは旅をする中で一番基盤となっているもの。
移動をして土地を変えることこそが旅の原理。
旅先で乗り合いの市民ご用達のバス、いつも遊園地のアトラクションに乗る子供のように楽しんでいた。
アジアのバスはなかなかエキサイティングな乗り物になっている。
旅のはじめとして何度かタイのバンコクを訪れていたけど、私はもともと常用してタクシーに乗るタイプではない
(言ったとおりの場所に直接ついてしまうなんて面白くない)ので、やはり市営なのかよくわからないけど街を旋回しているバスを乗ることになる。
これがけっこうドキドキで、例えばタイのバスでは番号が線路の種類で行先も途中停車場所も何も表示されていない。
あらかじめ行先とバスの番号を確認して大通りのバス乗り場でアツイアツイとぼやきながらお目当てのバスが来るのを待つ。
あちらのバスはけっこう気性が荒いので日本みたいにゆっくり停車するということはない。
バスがスピードを落として乗り場の方へ来た、と思ったら待ってましたといわんばかりにみんな駆け寄って急いで乗る。
そして席についてから車掌さんが回ってきて行き先を伝えてお金を払ってビリっとちぎったチケットをくれる。
不安要素も多い分だけ一人でちゃんと目的地まで行けると、ちょっと自信がついて気分も爽快。
タイの長距離バスこそ日本のそれと似たようなものだけど、このシステムは大体アジア全体で同じようだった気がする。
このバスにのってどこかへぷらりというのが快感になってくると、用もないのにどこかへ行くという名目を作ってバスに乗る。
インドのゴアに滞在して旅はじめで暇をもてあましていた時、終点のマーケットに行くという名目でバスに乗るとクラブばりにインドポップスが大音量でかかる中、制服を来た帰宅中の学生達が楽しそうにおしゃべりしていたりして、こちらも気分が盛り上がった記憶がある。
スリランカではやけに日本の中古車が多くて、○○幼稚園・○○スイミングスクールと書いてあるのがそのまま使われていたりする。
町の中を歩いていて、あれ?なんか今の音、と思うと「左へ曲がります、左へ曲がります」と日本のあのままのトラックから聞こえてくるので苦笑してしまう。
そんな愛するスリランカこそ親日家が多くて、というよりほんとに愛想のいい人達が多くて、私が女で一人だったというのもあるかもしれないけど後ろの窓際の席に座って外を眺めていると(これが定位置)子供だったりいい歳をした男面が笑顔で私に向かって手をふってくれる。
検問で待機しているアーミーでさえこうなのだ!まるで皇太子妃だわ、とこちらも微笑んで上品に手を振り返す。
このあまり人目は気にしない、小さいことは目につかない、適当やユーモアに満ち溢れ、気候も含めてのアジアらしさに私自身多いに救われていた。
